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今日は、今月9日にYahooニュースに掲載されていた話題から考えてみたいと思います。
スポーツの世界でも、“名選手、名監督にあらず” ということわざがありますが、果たして教育現場でもそうなのでしょうか?
確かに、中学校の英語の教員に中にも特別指導が優秀な方もいるかと思いますが、指導を受け持っているクラス全員の英語力が上がっているかというと、それはないですよね。もちろん、英語に限らず、数学や国語も同じことが言えるわけで。
ということで、以下本文です↓
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文科省調査で判明…“英語達者”教師で生徒が伸びないワケ
日刊ゲンダイDIGITAL 4/9(日) 9:26配信
中学生の調査でも注目すべきトレンドがあった。中3の成績トップは奈良だが、教員の成績は平均をやや上回る程度。他に、中3の成績上位の千葉(4位)、群馬(7位)、埼玉(8位)の教員は全国平均を下回っている。どうして教師と生徒の成績がかみ合わないのだろうか。
「自分の成績が悪い先生は教える際に、生徒の目線に立って工夫したりと、上手に教える傾向があります。今回の結果はその表れかもしれません。文科省が生徒の成績と並べて教員の成績を公表することは問題です。これでは、教員は自分の“英語力アップ”に走ってしまう。英語ができることと、教えることは別物。鍛えるべきは“教えるスキル”です」(大阪産業大客員教授の八幡義雄氏=教育学)
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まぁ、記事を読んでいる限り、言わんとするところは分かります。
ただ、教員の英語力と生徒の英語の成績だけを比べるのではあまり意味がないかなと個人的には思います。生徒の英語の成績が何によって決まるのかを調査して、そういう要因を加味してから、教師の英語力の影響を分析しないかぎり、断言すべきではないかと。
あと、英語教育が何を目指しているかという方向性が学んでいる生徒たちにうまく伝わっていないからなのか、学ぶ意義をイマイチ分かっていない部分も感じます。海外で通用するレベルを求めるなら、学校教育だけでは限界があるようにも感じますし…。
極端な話、私なんかは高校入学してから英語がからっきしダメでしたが、大学に入って英語科講師として大手進学塾でデビューして以来、難関と呼ばれる高校の英語の問題も取らせてきました。
大学受験の予備校でも教え子たちを次々と中堅大学以上の英語で高得点を取らせてきましたが、私自身は英語が得意になったわけでもなく、英語の教員免許すら持っていません。
上記の記事の太字部分の通り、「自分の成績が悪い先生は教える際に、生徒の目線に立って工夫したりと、上手に教える傾向があります」のまま、指導スキルを磨いてきただけのこと。誰よりも英語が苦手だった分、誰よりも、英語が苦手な生徒の気持ちに立って指導を追求してきた結果だと思っています。
そのせいか、私の教え子たちは私よりも遥かに英語ができるようになって、今や高校卒業時点で、私が簡単に逆転負けをするような時代になってしまいました(苦笑)。これはこれで、私を越えていくことに歓びを感じるわけですが。
ただ、私が受験英語を教える立場になったのは、優秀な指導力の先生に教わったからとか(後述する私が影響を受けた先生は指導力も超一流ですが)ではありません。現在おつき合いさせてもらっている英語の指導者の方々は、私が及ばないクラスの凄まじい指導力がある方々なので、私は方法論指導論を語るのは遠慮させて下さい。
現在、あらゆるメディアで登場されている東進ハイスクールの英語看板講師である安河内 哲也 先生は、先生が東進に移籍する前の、船橋の予備校で教壇デビューされていた頃に私もひとりの大学受験生として受験英語の指導を受けていました。
当時から指導力も素晴らしかったのですが、なによりも凄かったのは、英語劣等生の受験生たちを次から次へとやる気にさせ、前向きなパワーで引っ張る力と、生徒目線で物事を考えられる共感力がズバ抜けていらしたことです。私がこれまで英語の授業を受けてきた先生の中では唯一無二の存在であり、超一流の講師でした。
私が塾講師や予備校講師を英語科で挑もうと思ったのも、安河内先生の人間的魅力に惹かれたのと、先生のような類まれなる指導力をもった講師になりたいという想いがあったからです(もちろん、安河内先生にとってはどーでもいい話です笑)。
先生と小テスト勝負で敗れて、先生の愛車BMWを真冬に洗車したことも、今となっては良き思い出です。結局、安河内先生の足元にも及ばなかったので、考えに考え抜いて、指導路線が今の方向性に変わっていったわけですが。
私が英語の学力を伸ばしたきっかけは、優秀な指導力でも何でもなくて、ただ単に先生との相性というか、この先生に認められたいというその想い1つだった気がします(笑)
勉強する張本人が「できるようになりたい!」と思ったり気づいたりすることが、学力を伸ばす上での最短経路だと、私は信じています。
私は私の信じる道で、子ども自身が自分から気づけるように促していくことを主眼に置いて、塾生たちの「心」を書き換えるやり方を採っています。それが世の中の正解かどうかは別として。
なので、私自身も教務指導はすでに引退しましたが、塾生たちの「心」を育てるための指導技術を磨くのはまだまだ道半ばですので、これからも研鑽していこうと思います。