西船橋・稲毛の学習塾:学力再生工房AQURASの村上です。
取り上げられたテレビ朝日系ネットチャンネル「Abema Prime」で“価値観が古い!”と出演されたギャルにディスられて、カンニング竹山さんにフォローしてもらったという、日本全国でも相当珍しい希少価値な塾長やっています(爆)。
世間一般では、ようやく夏休みが終わります。
二期制の学校の中学生は、一斉に定期テストを迎えるわけですが、、、毎年のことですが、中学生の大半が夏休み明けのテストで点が取れません。
当然と言えば当然なんですが、夏に気が抜けてフィーバーしてる者が圧倒的大多数の状況で、夏休みの学校の宿題だけ何とかやってた者が夏明けの定期テストの照準を合わせて日々学習を積み重ねている…というのは、もはや考えにくいんですよね。
ということで、ウチの塾や商圏に限らず、夏明けで暴落する者が圧倒的大多数のため、きちんと継続して夏休み頑張ってきた者にとっては、比較的スコアを上げやすい闘いにはなります。
もちろん、それには学校のテスト問題つくる先生が、たまに自己顕示欲でイカれた問題を出題しなければ…ですが。
たまにいます、オレの作る問題は一味違うとか、生徒にナメられたくないから意図的に難しくするなどという社会経験の少ない世間知らずの若手の先生 or 年輩の昭和感が抜けないこだわりのある先生とか。公立中学の定期テストで学年平均が30点台とか40点台とか。。。
教員の大変さは重々承知していますので、苦言を呈するつもりはありませんが、生徒側から見ればたまったものではないなーと。
塾がどんなに対策しても、どーにもならないケース。
10校に1校の割合で、そんな大ハズレのクジを引かされますね。
何といっても、頑張って学業を積み重ねてきた者たちが報われないのが、社会の不条理というか、理不尽というか。それを子どもの立場に立っていっしょに批判するよりも、そんな理不尽な世の中でもいかに乗り越えていくかを、私は伝えていきたいとは思いますが。
さて、ウチの塾の小学生も英語を受講する者が多いのですが、ウチの塾では英語もやるのであれば、国語を必ず受講するよう親御さんに徹底してもらっています。
世の中のトレンドとしては英語英語…というのは分かりますが、国語はどの教科学習においても基本中の基本であり、正しい日本語が使えなくてオトナになって困ることが多々出てきます。
時代のトレンドを追って、英語だけを叫んでいるのは違いますね。
国語ができてこそ、この先のグローバル社会において真の異文化交流と価値を享受できますから。
集英社オンラインに興味深い記事を見つけました。
私も基本同意見ですので、今日はこの内容をご紹介します↓
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教員の8割が感じている「子供の国語力低下」が引き起こす深刻な問題
外国語、プログラミング、SDGs、金融教育、起業家精神…日本では新しい教育が次々と導入されている。。しかし一方で、日本の子供たちの「国語力」の衰退は危機的なレベルにあるという。
『ルポ 誰が国語力を殺すのか』の著者・石井光太氏が子供たちの言葉を奪う社会の病理と国語力再生のために提言する。
「国語力」の低下が引き起こす問題
全国の約120人の現役の教員に話を聞いたところ、8割が子供たちの「国語力」の弱さを感じていると回答していました。
ずいぶん前から、中高年世代によって「最近、言葉の通じない若者が増えた」という話は語られてきました。これは、言葉や常識がアップデート(更新)されることで、世代間でズレが生じ、中高年世代が若者世代とうまく意思疎通ができなくなることが原因でした。
私が『ルポ 誰が国語力を殺すのか』で描いたのは、それとは違う意味合いです。
現在の教育現場で深刻化しているのは、子供たちが言葉によって自分の感情に向き合い、想像し、表現し、物事を打開してく力が、複雑化した社会と照らし合わせて不足しているということです。何事も「エグイ」「ヤバイ」「キモイ」で表現する子供がいますね。これらの言葉では自分の感情とも、他者の気持ちとも向き合えませんし、建設的なコミュニケーションも不可能です。
文科省は、「国語力」について語彙をベースにした感じる力、想像する力、考える力、表す力の統合体だとしています。人はその力を駆使することによって、コンピューターとも、他の生き物とも違う、人間らしい営みをします。すなわち、言葉で多くのことを感じ、考え、人とかかわり、道を切り開いていくのが人間なのです。
先の教員たちが口をそろえるのは、その力の弱い子供が目立つ、あるいは力のある子とない子の差が大きいということなのです。
言葉を上手く使えず、人生につまづく子供たち
これまで私は少年犯罪、不登校、自殺、ひきこもり、ゲーム依存など様々な子供の問題を取材し、本を執筆してきました。そうした現場では、子供たちが言葉をつかえないことで人生につまずく姿を多数目にしてきました。
「先輩に言われたから売春した」「なんで友達と仲良くできないのかわからない」「ゲームをしていれば面倒なことを考えなくて済む」「人とかかわるなんてダルいだけ」……。
背景は様々ですが、彼らは思考停止の状態、つまり言葉で物事を考えるのをやめてしまっています。そもそもその力に乏しい。だから、自覚がないままどんどん悪い状況に陥っていく。
私は、こうしたことは問題を抱えた子供たちだけに当てはまることだと思っていました。しかし、現場の教員方によれば、学校で起きている「問題行動」にも相通ずるものがあるといいます。
ネットに同級生の個人情報を書いてはいけませんと言われて「事実を書いてなぜ悪い?」と答える子、意見を聞かずに相手を一方的に論破することが正義だと考える子、あらゆることを自己責任として切り捨てる子……。共通するのは、言葉で状況を深く捉えられていないことです。
なんで、子供たちの間にこうしたことが起きているのでしょうか。
国語力の低下が想像力の欠如につながる
小学校の先生が興味深い実例を示してくれました。小学4年生の教科書に載っている戦争文学に『一つの花』(今西祐行)があります。こういう話です。
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戦中の食糧不足の中、お腹を空かせた幼い娘は何度も食べ物をねだるのが癖になっていました。ねだれば、もらえると思ったからです。父親が出征する日も、彼女は何度もおにぎりをねだりました。父親はおにぎりをすべて渡した後、別れの直前に駅のゴミ捨て場のようなところに咲いていたコスモスを摘んで手渡して戦争に行きました。戦後、父親は帰ってきませんでした。しかし、家の庭にはコスモスの花が咲き乱れていました――。
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先の先生が子供たちに「なぜ戦争に行く前に、父親は娘にコスモスを渡したのか」と尋ねたところ「娘が騒いだから罰として与えた」とか「お金儲けのため」といった答えが続出したそうです。
戦争を知らない子供たちが当時の状況を細かく理解するのはたやすいことではありませんし、自由な読み方を否定するつもりはありません。ただそれを差し引いても、前後の文脈や、戦争へ行く父親の立場を考えれば「騒いだ罰」と捉えるのは適切ではないと思います。
では、なぜ、そう考えられたのでしょう。それは、他者の胸の内を言葉によって想像し、状況を適切に捉える力が弱いためです。常識に基づいた想像力を駆使して行間を読み取る力がないので、プログラミング的な思考で、「ゴミ捨て場に咲く花を渡す=罰」となる。
その先生は、これは単なる誤読ではないと主張されていました。誤読以前に、言葉をベースにした情緒力、想像力、論理的思考からなる国語力が不足しているから起こる解釈なのだ、と。国語力の不足によって行間を補えないということです。
そういえば、現在、小説の世界では恋愛文学の衰退が著しい状態にあります。文芸編集者によれば「他者の心の微妙な機微を感じ取ることが苦手な読者が増えていることが一因」なのだとか。
「行間なき時代」へ
漫画の世界では、あらゆることをダイレクトなセリフか、動作で示すことが主流になっています。『あしたのジョー』のラストに主人公が白い灰になるシーンがありますが、ああいう表現が成り立たなくなっているのです。「もうダメ、疲れ切った。死にそう」と言わせるか、本当に死なせるしかないということです。
すべてが国語力だけの問題ではないにせよ、リアルにおいても、芸術においても、「行間なき時代」が到来しているのかもしれません。
参照:集英社オンライン
インスタグラムやYou tube、TikTokなど、見た目で分かりやすいモノが流行るのが、世の中のトレンドです。
もしくはTwitterみたいに、短いフレーズで自己表現できる媒体であれば支持されますが、一昔前に流行ったfacebookなどの文章を読み込むことが主の媒体はどんどん若者が離れていく…、、、
ある意味、当然の帰結かもしれませんね。
高齢者から見れば、若者世代になっていけばいくほど、目に見えるモノばかりに執着して、目に見えるモノばかりしか信じなくなっていき、目に見えるモノにしか価値がないと考えるようになる…
これだけ世の中に自己中な人が増えて、社会全体が一億総クレーマー社会へとなり下がり、政治家も自身や支援者の利益だけしか向かなくなり、、、
他者を思いやる発想や気遣いなどの人間性の深みがどんどん無くなっていってますし、みんな学力や学歴だけを手にするために過剰な受験戦争に身を投じていくわけですが、その結果、他者の心の痛みまで思考が届かなくなっている…
先ほど挙げた文面にもありましたが、行間を読むチカラというのは今後必須だと考えます。
文面にはない箇所から、いかに全体の流れをつかみ、解を導き出していくか…目に見えるモノしか見てこなかった人材には、一生理解できないでしょう。
私自身の国語という学問に対する考え方は、この行間を読むチカラから生み出される「全体構造の把握力」と「空間認識力」が最重要だと考えています。
松本清張の小説:点と線ではないですが、物事を点でしか捉えられない人材が、高い生産性を叩き出すことはありません。与えられた仕事しかできない人材に成り下がるのがほとんどです。
物事の全体像をきっちり認識して、現状把握と問題解決のプロセスを構築できる人材は、新しい価値を生み出してさらに人生の高みを駆け上がることになりますが、そういった人材に共通しているのは、行間を読むチカラに長けていることです。文系でも理系でも、この本質はそんなに変わりません。
子どもの将来を考えて英語力を身につけることはもちろん重要です。
ですが、それと同じくらい、一見地味に見えるけれど、国語力を強化してきくことが将来的に半端ない破壊力を生み出すほど大きな武器となっていくことを、まずは親御さんが理解されるのが先決かもしれませんね。
あ、そうそう。
親御さんからのリクエストがあちこちから来てしまったので、村上の子育てセミナーを久々に開講します↓
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その際は入塾予約を受け付けることになりますので、入塾をご検討のご家庭はお急ぎ下さい。
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