
親からの『勉強しなさい!』を終わらせる戦略的学習塾:戦略設計学習塾AQURASの村上です。
お子さんの自走力を高めて、親御さんの見守る姿勢を大事にすれば、必然的に学力も優等生の仲間入りを果たしていくという考えで塾生たちの指導に励んでいます。
取り上げられたテレビ朝日系ネットチャンネル「Abema Prime」で“価値観が古い!”と出演されたギャルにディスられて、カンニング竹山さんにフォローしてもらったという、日本全国でも相当珍しい希少価値な塾長やっています(爆)。
—————-
本来なら、こういう話は当塾Youtubeチャンネルとかの動画にして、話した方が伝わるかもしれません。
表情も伝わる。
声の温度も伝わる。
ですが、今回は、敢えて文章で残しておこうと思ったので。
理由は単純で、今回の一連の流れを見ていて、同じ塾業界にいる人間として、正直なところ、あまりにも節操がないと感じたからです。
誰かを吊し上げたいわけではありませんし、感情的に批判したいわけでもありません。
だからこそ、一度きちんと言葉にして、整理しておきたいと思います。
今回のwakatte.TVの福島大学をめぐる炎上から、いったい何が見えてきたのか?
私は、この問題は、ひとつのYouTubeチャンネルだけの話ではないと思っています。
今回、何が起きたのか?
wakatte.TVは8月末、福島大学を取り上げた動画を公開しました。
その中で、放射線や原子力研究をめぐり「福島大には触らせたくない」という趣旨の発言があり、批判が拡大しました。
福島大学は9月1日、学長名で声明を発表。
その後は文科相も批判するという、まさかのお上までクビを突っ込んでくる前代未聞の展開になったことは、ご存知の方も多いかと。
原子力災害や環境放射能に関する研究は、福島の経験を科学的に検証し、その成果を国内外へ還元する重要な研究活動であり、真摯に教育・研究へ取り組む学生や教職員の尊厳が傷つけられることがあってはならない!という姿勢を示しました。
その後、wakatte.TV側は配慮が決定的に不足していたとして謝罪し、当該動画を削除しています。
ここまでなら「またYouTuberが失言して炎上したのか…」で終わる話なのかもしれません。
ですが、私はそうは思いませんでした。
今回あぶり出されたのは、もっと根の深い問題です。
日本社会が長年抱えてきた “学歴への執着” そのものではないか?
私は、そう感じています。
炎上マーケティングは、なぜなくならないのか。
私には懇意にしている先輩塾長の中に、以前、武田塾で勤務されていた方がいます。
昔から教育業界や塾経営の裏側について、いろいろな話を聞く機会がありました。
今回の件についても話し、改めて考えたことがあります。
そもそも、なぜ炎上マーケティングというものがなくならないのか?
答えは、とてもシンプル。
お金になるからです。
☑ 炎上しても誰にも見られない
☑ 検索されない
☑ 名前も広がらない
☑ 売上にもつながらない
…それなら、わざわざ炎上する意味などありません。
逆に、
✓ 批判される
✓ 拡散される
✓ 検索される
✓ 動画が再生される
✓ 関連するサービス名まで知られる
そうなれば、マーケティングとしては巨大な認知獲得になります。
今回の件でも「wakatte.TV」「福島大学」「武田塾」といった言葉が一気に注目されました。
なので、私は炎上が単なる “事故” として片づけられない部分もあると思っています。
もちろん、武田塾側やwakatte.TV運営側が今回の炎上を実際にどう受け止めているのか、外部の私には分かりません。
「喜んでいる」と断定するつもりもありません。
少なくとも、炎上すら認知拡大に転換できてしまうビジネス構造が存在する。
これは、マーケティングをやっている人間なら分かる話です。
そして、そこが怖いところで、
✓炎上すればするほど儲かる
✓反感を買えば買うほど注目される
そういう構造になれば、人はどんどん刺激を強くしていきます。
普通の言葉では足りない。
☑ もっと煽る
☑ もっと見下す
☑ もっと対立させる
そうやって、節度が失われていく…。
なぜ「学歴イジり」は、こんなにも人を惹きつけるのか?
とはいえ、一方で、wakatte.TVがここまで支持されてきた理由も分からなくはありません。
日本人は、学歴をものすごく気にします。
口では「学歴なんて関係ないよ」と言いながら、
どこの高校なのか?
どこの大学なのか?
国公立なのか?
有名私大なのか?
偏差値はいくつなのか?
かなり見ていますよね。
つまり彼らは、みんなが普段は口に出さないものを、思い切り表に出した…
その結果、コンテンツとして成立したのでしょう。
ある意味、非常に巧い。
ですが、ここには、決定的な一線があります。
学歴について語ることと、学歴によって人間の価値まで決めることは、まったく別です。
✓ 大学の難易度を比較する
✓ 受験戦略を語る
✓ キャンパスを紹介する
✓ 学生生活を取材する
これは受験生にとって有益です。
ですが、
☑偏差値が低いから笑う
☑大学名で人を見下す
☑その大学に在籍している人間まで価値が低いかのように扱う
これは、私自身は、教育の在り方とは真逆だと思っています。
そもそも「学問」とは、何のためにあるのか?
学問とは、本来、何のために存在するのでしょうか?
良い会社へ入るための資格でしょうか?
有名大学卒業という看板を獲得するための道具でしょうか?
私は違うと思っています。
✓ 人間がまだ知らないことを知る。
✓ 今まで解決できなかった問題に、新しい答えを与える。
✓ これまで存在しなかった選択肢を社会に増やす。
医療、科学、教育、経済、福祉、地域、文化、技術、そして人間そのもの。
あらゆる領域で、学問は人類の可能性を広げてきました。
私は、学問とは人類の選択肢を増やし、人間のウェルビーイングを加速させるための大きな礎だと考えています。
ところが、いつからでしょうか?
「何を学んだか」より「どこの大学か?」
「どんな研究をしたか」より「偏差値はいくつか?」
中身より、看板。
学問より、ブランド。
そういう社会になってしまった。
今回の騒動は、まさにそこを象徴しているように見えます。
誰かが、悪意を持って、創った価値観ではない。
ですが、私はこれを単純な世代批判にするつもりはありません。
「団塊世代が悪かった…」
「今は親になった氷河期世代が間違えた…」
事は、そんな単純な話でもないからです。
今の親のボリュームゾーンである氷河期世代が、まだ子どもだった頃に、
「いい高校へ行きなさい!」
「いい大学へ入りなさい!」
「いい会社へ就職しなさい!」
そう言われて育った人は多いでしょう。
さらに、その親世代もまた、自分たちの親から「勉強しなさい」「ちゃんとした学校へ行きなさい」と言われて育ってきたわけで…。
それは、なぜか?と言うなら、わが子に幸せになってほしかったから…に他なりません。
「わが子に、苦労させたくなかった…」
「安定した仕事に就いてほしかった…」
「少しでも良い人生を送ってほしかった…」
つまり、そこにあったのは悪意ではなく、善意だったわけです。
これがまた厄介なところで、みんな良かれと思ってやってきたんですよね。
自分が受け取った価値観を、そのまま次の世代に渡してきた。
「良い学校へ行けば、人生は安定する」
「学歴があれば、将来困らない」
それが、ひとつの成功モデルだった時代も確かにあったのだと思います。
でも、現代社会は随分と変わりました。
☑ 良い大学へ行けば安泰な人生
☑ 大企業へ入れば一生安心
そういう時代ではなくなったのが、現況だったりします。
とりわけ、今の子育て世代は、就職氷河期を経験した人が多いはずです。
親に言われた通り勉強もしたし、良い学校も目指してきた。
それでも社会へ出たら、思うように報われなかった…そんな経験を持つ人も少なくありません。
そのような人生の荒波を経てきたからこそ「自分の子どもには失敗させたくない」という気持ちが強くなるわけで。
もっと早くから、もっと良い中学へ、もっと良い高校へ、もっと良い大学へ…。
そうやって、また学校名へ意識が向いていく…皮肉なものです。
誰も悪意を持っていないのです。
みんな、わが子のためにやっている…でも、その善意の積み重ねが、時代の変化の中で歪んでしまうこともあったりします。
そして、その歪みが、偏差値や学歴で、人間の価値まで判断してしまう社会として現れているのではないのかなと。
そう考えると、wakatte.TVは良くも悪くも、日本社会へのアンチテーゼなのかもしれません。
私たち日本人が心の奥に持っている学歴への執着を、これでもかというほど表面に引きずり出した…、そういう意味では、反面教師として機能している部分もあると思います。
私自身、45歳になって大学院へ行って見えたこと。
ここで少し、私自身の話をさせて下さい。
私は45歳になってから、社会人の企業戦士対象の専門職大学院へ進みました。
理由は単純です。
自分が本当にやりたい研究があったからです。
在学した専門職大学院も国立大学ではありますが、世間一般でいう「超難関大学」というわけではありません。
でも、私にはそんなことはどうでもよくて、
✓ 強く学びたい領域があり、且つ今後のビジネスモデル構築にも必要だったこと。
✓ 自分自身のこれまでの事業展開を俯瞰的に分析して、経営改善課題を見つけ出すこと。
✓ 過去の経験値や感覚で無意識に判断してきたこと(暗黙知)を、言語化⇒可視化を通じて形式知に変えること。
という明確な目的があって、理系版MBAとされているMOT(技術経営修士)の門を叩いたわけです。
結局、私はそこで2年ほど地域再生・地域創造について研究し、無事に修了証書を手にして、我ながらかなり本気で取り組んだと思っています。
時間も使ったし、頭も使ったし、情熱も注ぎました。
文字どおり、命を燃やすような感覚で修士論文にも打ち込んだ期間もありました。
結果として、地域再生・コミュニティ創造・サステナブルな地域経営といったに新しいビジネスモデルを考える土台ができたわけで、自身の知的好奇心も充たされました。
そして、社会や地域の役に立てる知見も手に入れることができたという点で、私にとっては、大学院での学びは非常に価値のある時間でした。
それを、もし大学名だけ見て「そこ、大した大学院じゃないじゃん」と笑われたとしたら…?
そりゃ、良い気はしませんよね(笑)。
なぜなら、その一言の中には、私が何を研究したか、何を考えたか、どれだけ時間を費やしたか、その研究から何を生み出そうとしたか、何ひとつ入っていなくて看板しか見ていないのですから。
そこが、一番大きな違和感といったところです。
でも、実は、同じことをオトナもやっている。
ここからは、少し耳の痛い話になりますが、今回の件を見て「大学を偏差値でバカにするなんておかしい」と思った読者の方は多いかもしれません。
ですが、その一方で、
「最低でも、この大学以上…」
「せっかく中学受験するなら、この学校以上…」
「この高校では将来が不安…」
学校名だけで子どもの進路を判断しているオトナも、相当数いると思っています。
その気持ちは分かりますよ、わが子の将来が心配だからです。
少しでも有利な環境へ行かせたいし、そこには、やはり善意があるからでしょう。
ですが、大学名で人を見下す社会を批判しながら、わが子には大学名で人生を選ばせている…もしそうなっているなら、一度考えてみた方がいいのでは?と思います。
✓ その学校で何を学びたいのか?
✓ 誰と、どんな仲間と出会いたいのか?
✓ どんな環境なら、その子が伸びるのか?
✓ その先で、どんな人生を送りたいのか?
本来あるべきは、こういったものが先ではないですか?
偏差値は大切ですし、学歴も現実社会では一定の意味を持っています。
私も、そこを否定するつもりはありません。
30年も学習塾業界にいて、20年も事業家として塾長やっていますから、受験にも本気です。
成績にもこだわります、上位や難関校も塾生たちに狙わせます。
ですが、学歴は、人間の価値を決めるものではないありません。
それだけは、絶対に混同してはならないものだと考えています。
wakatte.TVの大学紹介自体には、価値もある。
私自身は、wakatte.TVというコンテンツを全否定するつもりはありません。
全国の大学へ実際に行く、学生に話を聞く、キャンパスの雰囲気を見る、パンフレットには載っていない情報を掘る…これは、受験生にとって有益です。
だからこそ、もったいないなと思ったりもします。
大学を深掘りすることと、その大学にいる人を見下すことは、まったく違います。
大学の研究を掘ればいい、学生の人生を掘ればいい、地域との関わりを掘ればいい、卒業後の生き方を掘ればいい…。
それだけでも、十分に面白いし、むしろ、その方が教育コンテンツとして長く残ると思います。
「武田塾とは別です」で、社会は本当に切り離して見るのか?
今回もうひとつ感じたのが、wakatte.TVと武田塾との関係についてです。
報道では、wakatte.TVは武田塾の教務担当者2人によるチャンネルとして紹介されています。
一方で、番組と武田塾の運営主体をどう切り分けるかという話は別にあります。
法人としてどうなのか、契約上どうなのか、番組上のキャラクターなのか…そこは外部の私が断定できる話ではありませんし、出演している二人の本当の性格も分かりません。
演出かもしれないし、台本があるのかもしれない。
ともすれば、実際には、非常に真面目な方々なのかもしれない。
なので、人物そのものを断罪するつもりもありません。
とはいえ、教育ビジネスに携わる者のひとりとして、疑問は残ります。
社会は、本当にそこまで都合よく「別人格」として切り分けて見てくれるのでしょうか?
お子さんを預ける親御さんからすれば「教育に携わっている人」です。
そこは切り離しにくいです。
教育という仕事はある意味で特殊で、授業中だけ先生、勤務中だけ教育者…それ以外は、何を言っても関係ありません。
でも、そう簡単にはならないんですよ。
なぜなら、親御さんが塾に預けているのは、授業時間だけではないからです。
「わが子の成長を、この人たちに任せて大丈夫か?」という信用まで預けている…私はそう思っています。
教育サービスを提供する側の商品というのは、授業だけではありません。
その人が、人をどう見るか?
弱い立場の人をどう扱うか?
学ぶことをどう捉えているか?
そこまで含めて、親御さんは子どもの人生構築を、高い月謝を払ってまで託すのですから。
教育ビジネスだからこそ「売れれば何でもいい」では困る。
教育もビジネスですから、綺麗事を言うつもりはありません。
塾には売上が必要ですし、利益も必要です。
利益がなければ、教室も維持できないし、良い教務スタッフも雇えないし、教材もつくれません。
結果、良い教育サービスという商品価値を維持することもできません。
ですので「教育で金儲けするな」という意見には、私は賛成しません。
たっぷり稼いでいいと思いますし、良い教育サービスを提供しているところは、むしろしっかり稼いだ方がいいと、私は考えます。
でも、何をして稼ぐか?となったとき、ここには越えてはいけない一線が存在します。
☑ 人の劣等感を煽る。
☑ 人の不安につけ込む。
☑ 誰かを下げる。
☑ 誰かを笑う。
☑ 誰かの尊厳を傷つける。
それによって注目を集め、利益につなげていく…教育サービス業がそこまで向かってしまったら、私ははっきり違うと申し上げたいです。
出演者だけの話ではありません。
創業者であれ、経営者であれ、プロデューサーであれ、制作側であれ、教育サービスを冠したビジネスに携わるのであれば「売れれば何でもいい」という矜持だけは持ってもらいたくないですね。
これはあくまでも私個人の信念ですが、でも、同じ塾業界で仕事をしているひとりの人間として、強く思うところです。
人間愛の感じられない教育ビジネスは、長くは残らない。
マーケティングでは、人間の強い感情を動かすと数字が動きます。
怒り。不安。対立。優越感。劣等感…炎上も、その延長線上にあります。
なので、短期では成立するのですが、もしかすると、そもそも長期で動画配信など続ける気などなく、短期間で大きく稼ぐモデルとして割り切るビジネスもあるのでは?と私なりに仮説を立てています。
でも、それでは長く残ることはないと考えています。
それは、教育というのが、人間を扱う仕事だからです。
偏差値の向こうに、人がいる。
大学名の向こうに、人がいる。
合格実績の向こうにも、ひとりひとりの人生がある。
そこへの敬意がなくなった瞬間、教育サービスというのは、単なる集客装置に成り下がります。
その上で、私は、人間愛の感じられないものは、いずれ人から選ばれなくなると、そう思っています。
ウチの塾でも、偏差値は見ますし、成績も見ます。
上位や難関校も狙いますし、合格にもこだわります。
ですが、それらはすべて、子どもの人生を豊かにするための「手段」であって「目的」ではありません。
何を学ぶのか、何のために学ぶのか、その学びを誰のために使うのか、その先にどんな人生をつくるのか…私は、こちらの方がはるかに大切だと思っています。
今回問われているのは、wakatte.TVだけではない。
今回の騒動については、wakatte.TV側も謝罪し、動画を削除していることもあり、世間がいつまでも吊し上げることに意味はありません。
むしろ、真剣に考えなければならないのは、その先だと思います。
今回問われているのは、
wakatte.TVだけなのか?
武田塾だけなのか?
教育サービスの業界だけなのか?
私はどれも違うと思っていて、実は、私たちオトナ全体の在り方も問われているのではないかなと。
「良い学校へ入れば、子どもは幸せになる」
「偏差値が高ければ、その子の人生は安心だ」
どこかで、まだそう信じてはいないでしょうか?
学歴は大事ですし、偏差値も必要です。
そして、受験競争もなくなることは無いでしょう。
ですが、それらは全部、人間がより良く生きるために使う道具であり、道具に人間が支配されてはいけないのです。
学問とは、人間を序列化するためにあるのではなく、人間の可能性を増やすためにあると、私は考えます。
教育サービス業という分野そのものが、誰かより上に立つ人間をつくる仕事ではありません。
その子が、自分の人生を自分で切り拓けるように可能性を最大化させていく仕事です。
今回の騒動は、見方によっては、日本社会がずっと抱えてきた学歴観の歪みを映した鏡なのかもしれません。
だからこそ「あいつらは許せない!」で終わらせるのではなく『自分たちは、子どもに何を伝えることができるのか?』という、そこまで考えなければいけないのではないのかなと。
今回の一件を見ながら、私は改めてそう思いました。
そして、ウチの塾ではこれからも変わらず、偏差値だけでは測れない、学校名だけでは測れない、その子自身の人生が豊かになるための教育サービス提供を、きちんと追い続けていきたいと思います。
—————-
「もっと早く知っておけば良かった…」…そう後悔する前に。
中学受験・中高一貫校・総合型選抜から『受験のその先』を考えるYouTubeチャンネルはこちら↓
—————-
小学部【お通いの中学受験塾から学びをPIVOT/親子で疲弊しない中学受験へ】戦略中学受験コース(寄り添い中学受験)を開設しています。
中学部【中高一貫校に通う中学生専用コース】Zero Homework Plus コースを開設しています。
年々、中高一貫校に通うお子さんの家庭から「学校の内容が厳しい」「勉強時間がとれない」「継続した学習環境を用意するのが難しい」といったお問い合わせが多く寄せられるようになり、中高一貫校特有の難しさに苦慮しているお子さんや親御さんに対して、お子さんの学習面を後方支援するためのコースとなります。
公立の中学校とは、かなり状況が違いますからね。
苦労して受験して入ったのはいいけど、あまりのレベルの高さについていけない子もいれば、受験が終わったことでお子さんがダラけきってしまいどんどんダメ人間化して落ちこぼれになったり、スマホ依存症で廃人みたいになってしまったお子さんをどうにかしたい…などなど色々とご要望があると思うので、そのあたりはお問い合わせを頂戴したときに柔軟にご相談に応じられたらと。
—————-
尚、当塾のLINE友だちに登録されている方については、H.Pではご案内していない、至れり尽くせりの特典の配信が『たまに』あります。
お子さんの入塾可否を検討するにあたり、一般の親御さんが知る由もない、極秘特典をゲットしたいご家庭は、これを機にLINE友だちの登録をお薦めします↓↓↓
(下のQRコードを読み込んで友だち追加してもらえれば、当塾LINE公式アカウントの画面に飛びます)
【当塾からの情報を受け取りたい親御さんへ↓】

H.P上では絶対に案内されることのない、お得な限定特典を定期的に配信しているので、入塾を希望されている親御さんにとっては、経済的にも一助になるかと。
友だち登録がまだの親御さんは、友だち追加をお急ぎ下さいね。
—————-
〇戦略設計学習塾AQURASのホームページは【こちら】





















